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名古屋国際女子マラソンの顛末

明日は名古屋国際女子マラソンが開催されますね。
2月1日に書いた、初マラソンのブログの続きで、1987年38才で
名古屋で走った時の思い出話です。
前年の 大阪国際は沿道には知人が一人もいなかったのですが、
名古屋は地元です家族・親戚・友人等に宣伝しまくりですよ
寒い中、大勢の知り合い達が沿道に立ってくれましたよ
誰がどこら辺に立っててくれるか前もって解ってるので、私としても
ちゃんと見つけ、挨拶をしなければなりません
20キロあたりでしょうか、名古屋城を過ぎ丸の内近辺から立って
るはずなので、探すこっちも必死です。
見つけると大きく手を振って「有り難う!来てくれて有り難うねぇ
と大声で叫ぶ私。「さっき、○○ちゃんがあの角にいたよ!」とか
余計なことも叫んだりして・・・
だいたい1時間程度、そうやってはしゃぎまくってましたが、一塊で
走ってるので周りのランナーはうるさくって迷惑だったでしょうね。
国際マラソンは5キロ毎に関門があって、1秒でも通過時間を超え
ると終わりなんです。
審判のおじさん達がわっと来てむんずと止められ、最後尾を走る
収容バスに乗せられるのです。
残り10キロで、それまでのはしゃぎ過ぎが祟って、横っ腹は痛く
なるわ、足は上がらんし、全くスピードが落ち、痛い辛いで泣きそう
でしたね。その時です、後方でスピーカーから流れる声が・・・・・
「寒い中、沿道の皆様、有り難うございます。只今最終ランナーが
通過しております。」ぎょっとして振り返ると、まだ後ろに何人かは
いるけど、確実に聞こえる圏内に収容バスがいるのでした。
イヤだ絶対にイヤだ乗るもんか
ついさっき母と娘二人が手を振ってくれたけど、彼女達は先回りして
瑞穂競技場で私を待っているのです。
次の電柱まで走ろう、それを通過すると又次の電柱まで頑張ろう。
ホントに一歩ずつまるで歩いている位の速度に思われましたが、
それでもじっと我慢して走ってると、次第に横っ腹の痛みもなくなり
緩やかに速度も上がり、いつの間にか収容バスの声も遠ざかり、
晴れて地元凱旋マラソンを完走したのであります。

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